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集中講義

大学に入ってすぐの5月。

土曜日だというのに僕は広大なキャンパスをさまよっていた。
集中講義を受けるためだ。

その集中講義は
「この町の史跡や旧跡を訪ね、地域の歴史を知る」というテーマだったのだが、
当初シラバスに書いてあった開始予定日から遅れに遅れ、
結局、ゴールデンウィーク明けに初回の講義を行う、と掲示が出た。

キャンパス内をしばらくうろうろした後で教室棟を見つけた。
ひとけのない、薄暗い廊下を進んでようやく目的の講義室にたどり着いたら、
部屋の前に背の高い女性の後姿が見えた。
ちょうど僕が入ろうとしていたドアに紙を貼り付けているところだった。

振り返って僕を見た女の人は「あら」と気の抜けた声を上げた。
長いスカートがふわりと揺れた。

その人があなただった。

「この講義取ってる方ですか」と尋ねられたので無言でうなずく。
「ごめんなさいね……先生が遅れちゃって、あと30分くらいで到着すると思うんだけど」

見ればドアに貼られた紙には
「講師都合により14:15より開始します。」と書いてあった。

廊下で待たせるのも悪いな、とあなたは部屋の鍵を開け
「どうぞ中でお待ちください」と自分が先に入った。

部屋に入ると微かにカビ臭い。
入学してからこれまで講義を受けていたどの教室よりも、壁も設備も古びて見えた。

あなたは教卓のすぐ前の席に腰掛け、
「適当に座ってください」と言うと手にしていた書類のようなものに目を落とした。そのあとは一言も喋らなかった。
僕はどうすればいいのか分からずとりあえず席に着いた。
あまり離れたところに座るのも感じが悪いなと思ったので、
前から3列目の中央あたりにした。

ドアは開け放したままにしてあったけれど、他の学生が入ってくる気配はなかった。
ひょっとしてこの講義を取ろうとしているのは僕だけなんじゃなかろうかという嫌な予感がしていた。

先輩有志が作成した「裏シラバス」というサイトが新入生向けに公開されており、
人気のある講義(面白い講義や単位を取りやすい講義)と人気のない講義(面白くないうえに単位が取りにくい講義)の差は初めからついている、
ということを知ったのはずっと後のことだ。

最前列に座ったあなたは書類に集中してこっちなんか気にしていないように見えたので、
やることがなく暇だった僕はひそかに観察していた。

歳は自分よりもだいぶ上のように見えたけれど、
化粧が薄いくせに、よくある「くたびれた」感じがまったくしない人だ、と思った。
頭の上で複雑に結い上げた髪や、真っ白な半袖のブラウスや、背筋を伸ばし足を組んで書類を見ているその姿勢には若々しささえある。
「年齢不詳。25~30くらい? なんか優秀っぽい」と僕は思った。

そのとき、真剣な目つきで書類を見ていた視線がまるで前触れなくするりと動いて僕をとらえた。

「そうだ、言ってなかったね」

微笑んだその目が、僕がじろじろ見ていたことや、更には見ながら考えていたことまで全て見通しているように感じられたので焦る。
書類を閉じて机に置くとあなたは立ち上がった。

「魚住です。人文のポスドクで、この講義のTAしてます」

急いで僕も立ち上がり、名前と学群・学類、そして新入生だということを言った。

「あと、この講義だけど、ちょっと前説しとくと……」

と話を続けだした魚住さんは
「ああ、どうぞ座って」と言って自分の方が先に座った。

担当の先生は、元々この大学の教授だったが
今では定年退職してどこかの研究所にいるらしい。
集中講義は基本的に、他大学や企業などの外部から講師が来て行うもので、だから「休日限定」になる、
ということすら僕はそのとき知った。

「私も先生にはお世話になったから、これのアシスタントしてる」と魚住さんは言った。

「魚住先生は……」

と僕が言いかけると

「私は先生じゃないよ。ポスドクです」

と即座に首を振られたことをよく覚えている。
大学や大学院の制度なんてよく知らなかった僕は、「そうなんですか」と返事をしたものの
実は「ポスドク」の意味すら分かっていなかった。

前は関西の大学で院生をしていたけれど、ポスドクになって数年前にこの大学に来た、と魚住さんは話した。
そこでなんとなく自己紹介する流れになって、出身を訊かれたのでこたえると

「あ、地元の人なんだ。なんでこの講義取ろうと思ったの?
 この町の歴史だったらよく知ってるんじゃない?」

とやけに驚かれた。

「生まれはこの町ですけど、元々親は別のとこにいて、仕事で引っ越してきたんです」

と僕は説明する。

数十年前、大学や国の研究機関がいくつも移転してきたことでこの町は急速に発展した。
結婚する前の両親が越してきたのもそのころだ
(「じゃあご両親も研究者?」「はい」とうなずく)。

5、6年前に東京とつながる鉄道路線が開通してからは、ベッドタウンとして更に人口が増えつつある。
そういうふうにこの町がどんどん変わっていくのを、僕は子供のころからずっと見てきた。

「だから逆に、この町のそれ以外の部分については全然知らないんですよ。
 この町の伝統とか、伝承とか。小学校の授業でちょっとやったくらいで」

自分が尋ねられるがままに自然と話しているのが不思議だった。
もっと人見知りするたちだと思っていたのに
(それでもさすがに、ヒメのことはこのときは言えなかったけれど)。

「なるほどね。この町らしいな」

僕の話を聞いて魚住さんは微笑んだ。
「郊外のニュータウンの中でも、ここってかなり特殊でしょう」と僕を見た後で

「この町は『境界』でできてる」

と、なんだか秘密の教義を打ち明けるみたいな声色になった。
柔らかな笑顔のはずだったその目に、怪しげな光が宿ったようにみえた。

「境界? って、言いましたか」

雰囲気の変化を不審がる僕の気持ちに気付いているのかいないのか、
「そう。境い目」とあなたは低い声のまま言った。

「代々ここに住んでいる人と、君んちみたいに新しく入ってきた人の境界。
 研究団地と市街地の境界。
 市街地と田園地帯の境界。
 人が住んでいるところと、人以外が住んでいるところの境界」

「人、以外?」

そこだけもったいつけるような言い方をしたのが気になった。

「オオタカとか」

と言った後で、その喉からくすくすと小さな声が漏れ出す。

「だからこの町は面白いって思う、私」

屈託のない笑顔だった。漂っていた怪しげな雰囲気が一気に消えた。
いやひょっとしたら、そんなもの初めからなかったのかもしれない。

からかわれていたのだろうか、と思った。さっきまでのは、新入生を怖がらせるための演技だったのだろうか。
しかしそうだとしても腹は立たなかった。

「あの」

「ん?」

ためらった後で僕は口に出していた。
この講義を取ろうと思った本当の理由のひとつを。

「輪になってる鳥居って、見たことありますか」

笑っていた魚住さんの目がぴたっと止まる。

「輪? って、鳥居がまるく並んでるの?」

聞かれてうなずいた僕に、重ねて尋ねてきた。

「いろんな方向から参拝できるようになってる、ていうこと」

「いえそうじゃなくて、えっと、『ドミノ倒し』みたいに」

僕はかつて聞いた言葉をそのまま繰り返した。

「ああそっか。鳥居の下を、くぐって回れるように並んでるの」

「そうです。それがぐるっと1周してるんです。入口と出口がくっついたみたいになって」

「どこにあるの? それ」

思いがけず真面目に話を聞かれて恐縮してしまい、僕はこの先を言おうか少し迷った。

「僕が見たんじゃないんです。
 友達が電車の窓から見たって言うのを聞いたんですよ。研究都市駅まで行く途中で」

思い切って全部言った後で

「今じゃないです。子供の頃です。中学のとき」

と慌てて付け加えた。

「研究都市だったらすぐ近所じゃない」

あなたがすっかりその鳥居の話を真に受けているので、
まずいな、と思って僕は念を押した。

「話を聞いただけですよ。本当かどうかも分からないです」

だから、確かめるため他の人にも訊いてみたかった。
友人以外の人、この町に詳しい人に。

「だからこの講義か」

納得したように小刻みにうなずいていた魚住さんは、しかしその後には首を横に振った。

「少なくとも私は、そういうのがこの町にあるって話は聞いたことないなあ。それにさ、」

コンコン、とドアがノックされた。僕らは一緒に振り向く。
教室の入口のところに年配の女性が立っていて、
開いたままのドアを手の甲で叩いていた。

「魚住さん、すいません」

あわただしく言いながら小走りで入ってきたその人は僕を見て
「えっ、学生来るんだ」みたいな顔に一瞬なった。
だがすぐその顔を魚住さんの方へ向ける。

「いまさっき先生から連絡がありまして、やっぱり霞ヶ浦の方で手一杯だから今日はこっち来られないそうです」

「えーっ、なにそれー!」

魚住さんの上げた声があまりにも高くて、僕は隣でびくっとしてしまう。

「学生さん来られてるんですけど」

と僕を示す魚住さんに、その女性は
「明日に延期してくれないかって、先生に言われました。明日なら絶対行けるそうです」と申し訳なさそうに伝える。

「明日って、日曜ですよ」

「大学事務の方は構わないそうです」

「事務は構わなくても、ねえ?」

急に話をふられ、僕は「いえ、大丈夫です」ととっさに言ってしまった。

その後、時刻や準備についていくつか相談して、女性はまたあわただしく教室を出ていった。

あなたは改めて「ごめんね」と頭を下げた。
僕は「いいですよ」とか「構いませんよ」とか言いながら、
こういう講師だって知ってたら学生は来ないはずだ、と思っていた。

「さあてまずいな。時間空いちゃった」

あなたは書類をまとめて元どおりクリップで綴じ、これからの予定について何かぶつぶつとひとりごとを言っていた。
が、その顔が急にくるっとこっちを向く。

面白いものを見つけたように大きく開かれた目が、僕をとらえた。

「今から行ってみる? その鳥居さがしに」

とあなたは笑みを浮かべた。

 

言われたとおり駐車場前の木陰で待っていたら、
ウオォーン、とハイブリッドカー特有の唸り声がして、木々の向こうから真っ黒なプリウスが現れた。
助手席側の窓が開き「どうぞ。乗って」と魚住さんはこっちを見る。

「失礼します」と助手席のドアを開けて乗り込んだら、香水のような良い香りが微かにした。
僕がシートベルトを締めたのを確認して魚住さんは車を出した。

「さてと、どう行こうかしら」

つぶやきながら、左手でカーナビの画面に触れていく。

「まず研究都市駅まで行って、そこから線路沿いにさかのぼるか」

画面から指を離したその瞬間、ぐいっと左折してプリウスは一気に加速した。

土曜日の大学周辺は車の通りもあまりなかった。
キャンパスに沿った並木道や、「徐行」と書かれた学内の細い道を、あなたは恐ろしいスピードで走り抜ける。

並木道から右折してようやく広い通りに入り、僕はほっと肩の力を抜くことができた。

「で、その鳥居だけど」

そこで魚住さんは、車を出してから初めて口を開いた。

「私は聞いたことないし、普通に考えたらありえないことなのよ。
 鳥居ってのは、あれは見たまんま『門』でさ、神社の内側と外側を区切るものなんだよね。だから、まるく並べるってのはおかしい。
 京都の伏見稲荷ってとこには、『千本鳥居』っていって朱塗りの鳥居がひたすら並んでる場所があるんだけど、
 それだって鳥居をくぐるための入口はあるし」

「じゃあ、やっぱり嘘……」

「かもしれないし、嘘じゃないかもしれない」

ゆるやかに弧を描く道を走っていたら、行く先にある木々の向こうから国土地理院の巨大なパラボラアンテナがぬっと現れた。
このあたりを走っていたのか、とようやく頭の中の方向感覚が定まる。

「もし『友達の友達が見た』とかいう話だったら、さすがに私も信じないよ。
 でも直接見た人がはっきりしてんなら、確かめる価値はあると思う」

道の両側にはパチンコ屋やファミレス、そして雑木林や何もない草原が続く。

「わざわざすいません」

「いいよ。これも集中講義の一部みたいなものだし。やっぱりフィールド行かないとねっ」

パラボラアンテナの横を過ぎたくらいで左折すると、あたりの風景は更にがらんとしたものになった。
平らな草原が見渡す限り広がる。草原のかなたには大きな建物がうっすら見えている。

そうか、と思った。
もう自動車研究所の跡地に入っているのだ。かつてあった広大なサーキットの内側を、僕らは今走っている。

「このあたりも、そのうちなんか建つんだろうね」

整地された草原の中の広い道を進みながら、魚住さんはどこか感情のない声で言った。

「研究都市駅の周りなんか今すごいじゃない。マンションがぼんぼん建って。
 この町に来た頃は『どこが都市?』って思ってたけど」

遠くに見えていた大きな建物が少しずつ近づいてきていた。
ナビの地図を見たら、それは僕もよく行くショッピングモールだった。普段と反対から来ているのだ。

「それで、どっち側だったっけ」

草原に浮かぶ戦艦のようなショッピングモールをフロントガラス越しに眺めていたら、
魚住さんが横目で僕を見た。

「その鳥居があったってのは、線路のどっち側?」

「左側です、友人が見たって言ったのは。
 ……あっ、『上り列車の』左側です」

「上りの左……だと、線路くぐんなきゃ」

広い交差点を直進して、マンションの工事現場横を進み高架の下を走り抜けた。
しかし、抜けた先には線路沿いの道なんてなかった。

「あー、線路から離れちゃう」

焦った声を出した魚住さんはナビの画面をちらっと見て

「とりあえず、左か」

とつぶやき、急に減速すると勢いよく左折した。
が、曲がった先が1車線の細い道だったので「ん、こっちであってる?」と一気に不安そうな声になる。

「大丈夫です。このあとまっすぐですよ」

画面の地図を見つめ、僕は慌てて言った。

その後、僕は地図の縮尺を広げたり戻したりしながら
「つぎ右です」とか「さっきのとこ左でした」とか伝え、
車は住宅街の中を時速30kmくらいでうろうろして、ようやく高架沿いの道路にたどり着いた。

「うしろ来てないよね」

魚住さんは確認しノロノロ運転になる。ふいにエンジン音が止まり車の中はしんとなった。モーター音とエアコンの風音だけが響く。

すぐ隣に高架の影を見つつ、僕らは左右の風景を見回しながら進んでいった。
あたりは新しい一戸建てやアパートが並び、
「分譲中」や「完売御礼」といったのぼりがあちこちに立っていた。

中学のあの日、こんなところを僕は通っただろうか。
まるで記憶と違う風景だった。あれから今までの間に、このあたりの様子もすっかり変わってしまったということだろうか。
助手席の窓から見える高架が、進むにつれて少しずつ低くなっていく。

「おっと、ここまでか」

ブレーキが踏まれ体ががくんと前へ揺れた。
目の前の空き地へ車を停めて、僕らは外へ出た。

ズボンのポケットからiPhoneを出してGoogle Mapsを開いたら、
僕らが今いるのは、ちょうど線路が地上へと出てくるところだった。

僕らの真横にはコンクリートの壁と高いフェンスがそびえている。
この壁の向こうに線路があるらしい。
壁は空き地の少し先から唐突に始まっていた。どうやらそこがトンネルの出口のようだ。

中学の頃には、まだスマホも地図アプリもなかった。自転車だったからカーナビもなかった。
iPhone画面の中の現在地を示す点を僕は見る。もしあの日、現在地を確認できていたら、もっと何か分かったのだろうか。

ないですね、と言おうとして振り返ったら、
魚住さんもこっちをじっと見ていた。

「さっきちょっと言ったよね、鳥居は『門』だって。
 神域と俗界を区切るものだって」

静かな光をその目にたたえてあなたは話した。
雰囲気に気おされて僕は何も言えず、つばを飲み込んだ。

「もし鳥居が輪になってるとしたら、それは神域に、出口も入口もないってことになる。
 神域に入ろうとして、あるいは出ようとしてどこまで鳥居をくぐっても、
 ぐるぐる回るばっかりでいつまでもたどり着けない」

のぼりがいくつもはためく中、真新しい家々に囲まれてあなたは
「それじゃまるで」と言った。

「まるで、何かをとじこめてるみたいじゃない」

自分の顔の皮膚がざわっと震えたような感触があった。
僕は口を開きかけたが、何か言おうとして何も言うことができなかった。

アスファルトの上で息を呑んだままでいると、魚住さんは急にまた笑顔に戻って
「ごめんごめん、怖がらせるつもりはなかった」と片手を持ち上げひらひら振った。

「つまり私が言いたいのはね、もしお友達が嘘をついてないとしたら、それは鳥居じゃないよ」

「えっ」

微笑んだまま思いがけないことを言う。

「別の物を見て勘違いしたんじゃない? 藤棚とか。公園でまるく広場を囲んでる藤棚って、あるよ」

魚住さんは「もしくは」と話を続ける。

「誰かの趣味やイタズラとか。
 ヘンテコなオブジェ庭につくってる人、たまにいるでしょ」

さっきまで見てきたこの近所には、藤棚もオブジェもなかったけど。
そういう疑問は浮かんだが、僕は気が楽になっていた。
あなたのその軽い口ぶりと微笑みに。

「そう思ってたんでしたら、なんでわざわざここまで来てくれたんですか」

僕も少し笑顔になって、つい気安く訊いてしまった。

「もちろん確かめるためだって。鳥居と見間違えやすいものが近くにないかとか。
 確認できなくてもしかたないとは思ってたけどね」

……結局謎は謎のままになっちゃった。そう言ってあなたはあたりを見回した。
「ごめんね役に立てなくて」と謝ってきたが、僕の方は魚住さんと一緒にここへ来てよかったと、むしろ感謝していた。

ドン、とそのとき音がした。

僕が勢いよく空を見上げたので、前で魚住さんがぎょっとしたように身じろぎをする。

ドオォーン、ドオォーン、という重い破裂音が明るい午後の空に響いていた。
どっちの方角から聞こえてきているのか分からない。
視界の端で光がぱっとまるく広がったような気が一瞬したが、すぐにそっちの空を見ても何もなかった。

「発破?」

隣でぼそっとつぶやくのが聞こえた。驚いて見れば、あなたは僕と同じように空を見上げていた。

「発破でもやってるのかな、これ」

魚住さんがそう言ったときには、もうその音は止んであたりは静まりかえっていた。
次の瞬間、ごおっという風とともにフェンスが揺れて、コンクリートの壁の向こうを銀色の列車が駆け抜けていった。

「うちまで送るよ」

呆然とその場に立って空を眺めたままだった僕へ魚住さんはからっとした明るい声で言って、
車の停めてある空き地へと歩き出した。
列車は走り去って、のぼりがばたばた揺れた。

 

結局その日、おかしなことなんて何もなかったのかもしれない。あの音は単なる発破か何かだったのかもしれない。

それでも、子供の頃に見た花火とまったく同じ音に僕には聞こえた。
その音をあなたと一緒にもう一度聞いたことには、何か大切な意味があるように感じたのだ。

そう言ったとしても多分あなたは「そんな感覚なんてあてにならない」と言うだろう。

 

翌日の日曜日、僕はまた大学に行った。延期になった集中講義を受けに。

でもそれはむしろ、あなたに会うために行ったのだった。

 

今はそう思う。

初出 2016/08/14 コミックマーケット90