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花火

中学2年の夏休みだった。

家でだらだらしていたら近所の友人が来て、
「すげーもん見た」と興奮した様子で言ってきた。

話を聞いてみたら、昨日電車の窓から外を眺めていたとき、線路沿いに変なものがあったらしい。
「変なものって何」と尋ねたらそれには答えず
「今から見にいこう。多分自転車で行ける」とか言い出した。
つまり、電車から見えたその場所に、自転車で直接行ってみようというわけだった。

それを見たのは、僕らの家の最寄駅からひとつ隣の駅に行く途中、
ちょうど駅と駅の中間くらいだったらしい。

めんどくさかったけれど、どうせ家にいても夕飯まで暇だし友人に付き合うことにした。
その頃には友人は立派な「オカルト好き」になっていたので、
「見た」というのもどうせそれ関連の、ヘンテコなものなんだろうと思った。

 

この町から東京までをつなぐその電車が去年くらいに開通して、僕らの家の近くに大きな駅ができた。
といっても東京まで行く用事なんてほとんどないので、僕は数えるほどしか乗ったことがなかった(運賃も高いし)。
でも友人の方は面白がって、単に「新しい電車に乗るのが楽しい」という理由だけでその隣駅まで何度も往復したことがあるようだった。

夏の午後。少し弱くなってきた日差しの下、2人して自転車をこいでまず自宅の最寄駅まで行った。
そこから友人がプリントしたネットの地図を出して「こっちの道だ」と案内を始めた。

最寄駅の周辺はもともとバスターミナルもあって、新しい駅ができてから結構発展していたけれど、
そこから友人について自転車を走らせていたら、すぐに古い家の並んだ田舎道みたいなところに出た。

自転車で行ける距離なのに、駅からこっち方面にはこれまで一度も来たことがなかった。
友人も自転車で来るのは初めてみたいで、時々止まって地図を確認しながら少しずつ進んでいった。

最寄駅からしばらく電車は地下を進んで、少ししてから地上に出てそのまま隣駅までは高架を走る。
「高架になってすぐ、左手に見えた」と友人は地図を見せながら行った。
確かに最寄駅と隣駅とのちょうど真ん中あたりで、それまで地図上では「点線」で描かれていた線路が「実線」になっている。地上に出た、という意味だ。

だからとりあえず高架を目印にして進んでいけばいいはずだったけれど、
いけどもいけどもその高架が見えない。

あたりにあるのは畑とか古くて大きな家とかばっかりだった。
その中の曲がりくねった道を進んでいたら、いつの間にか雑木林に挟まれた道に入っていた。
高架どころか周りに何があるのかも分からない。まだ家を出て10分もたっていないはずなのに、まるで見知らぬところに来てしまった。

道に迷った、と口には出さなかったけれど友人も気付いていたと思う。

 

雑木林を急に抜けたら、そこはがらんとした変な場所だった。

足元にはできたばかりの真っ黒いアスファルトの道が通っていた。
車道と歩道を分けるコンクリートのブロックも真新しい。
傾いた西日に白線がぎらぎら光っていた。

それなのに、道の横には草ぼうぼうの空き地が広がっているだけだった。
きれいに四角く整形された土地で、明らかに最近できたものだと分かったけれど、
そこにはただ草が生えているで建物が一軒もない。

そんな空っぽの草原の間を、新しいアスファルトの道だけが格子状に走っている。
遠くからセミの声が聞こえるほかは何の音もしなかった。

人の姿がまったくない、ということに気付くまで少し時間がかかった。

新しい道、四角い草地、遠くに見える雑木林。
そんなぽっかりと開けた空間の中にいるのは、僕と友人だけだった。

「電車だ」

と、不意に友人が横で言った。
指差す先を見たら、遠くの方に灰色の高架があって、そこを銀色の列車がちょうど通り過ぎていくところだった。

はっとしたように僕らは再び自転車をこぎ出した。
高架の下を車道がくぐり抜けるところに自動販売機があって、買ったジュースを道端の日陰で飲んだ。
2人とも疲れきって、無言になっていた。

帰ろうか、と僕が言おうとしたとき、突然大きな音があたりに響いた。

ドオォーン、ドオォーン、といった、体が震えるような重く低い音で、
どこから聞こえてくるのか分からず僕は空を見上げた。

思ったとおり花火だった。濃い青色の空に、花火が次々に打ち上がっていた。
まだ日は沈んでいなかったはずだ。こんな明るいうちから花火大会って始まるんだ、と僕は見上げたまま固まっていた。

花火は雑木林の木々を超えた先の空ではじけていて、
それがどっちの方角なのかも分からなかった。
ただ、花火と一緒に夕日を見た記憶はないので、西以外……たぶん東の空に上がっていたと思う。

「帰ろうか」

と隣で友人が言った。
「あ、うん」と僕は友人の方に顔を戻して、
今日どこの花火大会だったっけ、と聞こうとしたが、
そいつはもう自転車をこぎ出していた。
もう一度振り返ったら、もう花火は上がっておらず音も聞こえなかった。

 

現在地すら分からなくなっていたので、
とりあえず駅まで出ようと高架に沿った道をしばらく走っていたら、あっさり駅に着いた。
そしたら駅名のプレートに「科学博記念公園」とあったので
友人と一緒に「えーっ」と声を上げた。

友人は慌てて地図を取り出していたけれど、確認するまでもなかった。

僕らの家から近い順に

最寄駅 → 研究都市駅 → 科学博記念公園駅 →(東京方面)

と並んでいる。友人が変なものを見たのが最寄駅と研究都市駅の「ちょうど中間くらい」で、
僕らはそれを探して進んでいたはずだった。
それなのに、知らない間に研究都市駅を通り過ぎて更にひとつ先まで来ていた。

最寄駅の前を出発したときからだと、自転車をこいでいたのは長くてもせいぜい2、30分だったと思う。
それも、道に迷ったり休憩したりの時間も含めて。
その間に駅2つ分の距離を移動するのは不可能だ。

2人ともわけが分からなかったけれど、日も沈み出していたしとにかく家に帰ることにした。
科学博記念公園の駅からは家の近くまで幹線道路がつながっていたので、
その太い県道沿いを、夕空の下、へとへとになりながら自転車をこいだ。

結局友人は、電車の窓から何を見たのか。

帰り道に何度も尋ねたが、生返事をするばかりで教えてくれなかった。

ようやく見慣れた町並みが見えてきたときには、あたりは薄暗くなっていた。
友人の家の前で、言葉少ななまま僕らは別れた。

違う、そうじゃない。別れようとしたとき、暗がりの中から

「シュウ兄」

と呼ぶ声がした。

2人してびくっとし、見ると玄関灯の下に女の子がひとり立っていた。

「なんだヒメか」と友人はため息を吐いた。

その親戚の子が今日から帰省してくることを友人は知っていたようで、
「いつ来た?」「夕方着いた」みたいな短い挨拶を玄関先で交わしていた。

「おばさん怒ってるよ、携帯にも出ないって」

とその子に言われて友人は
「えー、かかって来てないし」とか不満げな声を上げながら、戸を引いて家の中に入っていった。

 玄関の外には僕とその子が残された。じいじいという虫の鳴き声があたりの暗闇から染み出してくるように響いている。ちらっとその子の方に目を向けると、僕を見上げたまま無言だった。
 確か小学校の5年生か6年生くらいだったはずだが、もっと小さく見えた。赤黒い変な色のワンピースを着た細い体が、ぼんやりした玄関灯に照らされて闇の中へ溶けていくように感じる。おかっぱの黒髪が暗い中でもつややかに光っていた。
 正直いうと僕はその子が苦手だった。数年前の、あの恐ろしい体験を一緒にしてからというもの特に。
 僕をじっと見上げていたその子がぽつんと
「花火」
 と言った。
「花火、みたでしょ」
「ああ、こっちでも見えたの?」
 ぎこちなく返事をする。蚊の羽音が右耳のすぐ近くまで来て、僕は手を振り追い払う。
 話しかけられてうろたえている僕に向かって、その子は少し眉をしかめたように見えた。
「シュウ兄が、あぶないことしないように、ちゃんと……」
「ん?」
 最後の方が聞きとれなかった。家の中から友人と母親が何かを言い争うような声がしていた。夕飯の匂いがここまで漂ってくる。その子の背後の暗闇で、ガス給湯器がボッと動き出した。換気扇のまわる音がし始める。
「ちゃんとみててって、あたし言ったよね」
 僕を責めるように声を少し大きくする。
 数年前の、あの時にした約束を言っているのだ、と僕は思い出した。思い出して
「……ごめん」
 と素直に謝ってしまった。
「ヒメちゃーん、ヒメちゃんご飯にするよー」
 そのとき家の中から友人の母親の呼ぶ声がし、その子は「はーい」と返事をした。僕に背を向け玄関へ向かう。
「花火みたこと、シュウ兄に言っちゃダメだからね」
 玄関の戸を開けて入る前に振り返り、不意に鋭い口調になった。
「そんなの聞いたら、ぜったいまた行きたがるし」
 その子が家の中に入って戸を閉めた後で、「危ないこと?」とようやく僕は気付いた。
 何が?

 

もう想像ついてると思いますけど、
あとで調べたらその日花火大会なんてどこでもやってませんでした。

その子は友人の家に1週間くらい泊まっていって、
その間にまた……いろいろありました。

初出 2016/08/14 コミックマーケット90